草津温泉を楽しむステイ

医療視点から見る草津温泉の魅力と効能

2024/10/30

全国津々浦々に点在する名湯。そのなかでも、医学博士・温泉アドバイザーの稲葉俊郎氏は、心身の自然治癒力を高めるという点で群馬県の「草津温泉」に注目しているそう。そこで稲葉氏に、草津の湯ならではの魅力と湯治体験の極意について教えていただきました。

心身の不調を「治す」のではなく、「治る」力を高めることの重要性

医療現場では、「治す」という考え方が最優先とされています。ですが、私は医師として働きながら、その考えに限界を感じることが多々ありました。病気には治すことができないものや、そもそも医療現場での治療対象とならないものが数多く存在するからです。そうした現実を目の当たりにし、自らの「治る」力、いわば自然治癒力を引き出す場が必要だと感じるようになりました。それが実現できる場所として注目したのが、温泉です。

治すのではなく、「治る」医療の場を作りたい。本記事では、そんな思いのもとで全国の温泉を巡り、実感したことをご案内します。

温泉は、自らの「治る」力を引き出してくれる泉

古くから、温泉は自然治癒力を高める場として重宝されてきました。その最大の理由は、温泉の「温熱効果」です。体が温まると、血流がよくなって新陳代謝が活性化され、老廃物の排泄が促されます。さまざまな天然のミネラル成分が含まれる温泉は、水を沸かしただけのお湯よりもその効果が高いといえるでしょう。

そうして人が本来持っている自己治癒力が発揮されやすくなるとともに、リラックス効果も高いため、心の安定にもつながると私は考えています。現代は機械化やデジタル化によって便利になった反面、脳と手指だけを酷使することが多く、とくにデスクワークをしている方やリタイア後に全身を動かしたり発汗する機会が減った方は、内臓や足先に十分な血流が行き渡っていないことが多いです。だからこそ、温泉に浸かると心身の緊張が解れていくのを実感できるはずです。

なぜ草津温泉は「治る」湯として名高いのか

かねてより草津温泉が心身の「治る場」として知られている理由は、非常に高温かつ1円玉が溶けてしまうほど酸性度が高い、その特異な泉質にあります。そもそも酸性度が高い温泉自体が貴重ですし、その泉質が皮膚の代謝を促しながら、体全体の免疫力を高める効果がより期待できます。私自身も草津の湯に浸ると、新しい自分に生まれ変わったような特別な感覚を覚えます。

草津温泉での湯治は1日3回、短時間だけ浸かるのが理想的

草津温泉は、戦国時代に多くの武将たちが傷を癒すために訪れた「湯治の場」としても知られています。「湯治」とは、温泉宿に長期間滞在しながら温泉に入ることによって療養し、体調を整える古来からの健康法。草津温泉に関しては、できれば朝、昼、晩に入るのが理想的です。泉質が強力なため、さっと短時間だけ浸かるのがよいでしょう。

まずは足先からお湯をかけ、体を少しずつ慣らしながら全身を温める。これにより、体が温泉の効果を無理なく受け入れ、深いリラックス状態に入ることができます。無理して長時間入らず、こまめに短時間の湯浴みを繰り返すと、体に負担をかけずにその効果を享受できます。自分の体の声を聞きながら、適度に楽しみましょう。湯あたりを予防するためにも、入浴前後に十分な水分を摂取してくださいね。

草津温泉は半身浴がおすすめ。心身を最大限に癒す浸かり方

温泉は、ざぶんと全身浸かるのも気持ちいいですが、草津温泉は泉質の特性上、半身浴もおすすめ。半身浴は体が芯から温まるというのにくわえて、心肺への負荷が少ないというメリットもあります。
全身浴では、お湯の温度が41度、42度、43度と上がるのに比例して心拍数も上がり、心肺に負荷がかかります。ですが半身浴なら、41度でも43度でも心拍数がほぼ変わらないため、負荷がかかりません。
心肺に負荷がかかっているか確かめたいときは、脈を測ってみましょう。正常な心拍数の平均は、「ドク、ドク、ドク」というリズムが1秒に1回、つまり1分間で60回。心肺に負荷がかかってくると、これが1秒間に2回になり、心拍数が120回に跳ね上がります。1分間で100回を超えると体に負荷がかかっている状態なので、すみやかに湯船から上がってください。
具体的な入り方としては、おへそまでお湯に浸かり、上半身が冷えてきたらお湯を少しかけます。温泉で禁止されていなければ、タオルを肩に掛けて半身浴するのもおすすめですよ。

前途したとおり、草津温泉の源泉は日本有数の強酸性の湯です。一般的に酸性の湯は新陳代謝を高めますが、体への影響が強いことでも知られています。そのため、酸性の温泉に浸かった後はアルカリ性の湯に入り、皮膚の表面を滑らかにするのがよいでしょう。
ただ草津にはアルカリ性の湯がないため、水を沸かした白湯の浴槽がある場合は、そちらと交互に入ることと似たような効能が得られます。温泉→白湯→最後にまた温泉、というように、合間に白湯を挟むことでほどよく草津温泉の効能を享受できるでしょう。

湯治における「転地療養」と入浴後の「マインド風呂ネス」

温泉の効果を最大限に活かすためには、「転地療養」を取り入れることも重要です。すなわち、異なる土地へ移って治療すること、湯治においては入る温泉を変えるということです。場所を変えると気持ちがリセットされ、体を癒すだけではなく、湯治が自身を客観視したり初心に戻る時間にもなるでしょう。自らの力で心身を健やかに導く「治る」医療においては、そうした視点も重要だと感じています。

そして温泉から上がったあとは、ぼーっとする時間を必ず設けてください。そのひとときこそが真に癒しが起こる根源の時間となり、心の治療にもなります。私はむしろ、その空白の時間を獲得するために温泉に入っているとさえ思います。

草津温泉の可能性

草津温泉は、現代においても多くの人々が訪れる場所であり、特に若い世代にも人気が高まっています。その歴史ある温泉文化や豊かな自然が、温泉と共に心身を癒してくれるでしょう。心と体の両方をリフレッシュできるこの場所で、ぜひ新しい自分を発見してください。

草津温泉をあなたの「かかりつけ温泉」に

みなさん、ここまで読んでいただきありがとうございました。はじめに「温泉は『治る』医療の場」、とお話しましたが、いろいろな温泉を巡りながら、最終的には「かかりつけ温泉」を持っていただくことをおすすめします。

医療においては「かかりつけ医」を持つことが推奨されていますが、私は温泉にも同じことが言えると考えます。「体の調子が悪くなったらかかりつけ医」ではなく、調子が悪いなと思ったら「かかりつけ温泉」に行って体をリセットする。そうした考え方をより多くの方に知っていただけたら嬉しいです。「治る」力を高めることこそが、創造的で健康的な人生を送るために最も必要です。

豊かな湯と自然に恵まれた草津温泉は、まさにそんな場所として、みなさんの心身を癒す最良のパートナーとなるでしょう。
稲葉 俊郎(いなばとしろう)
1979年熊本県生まれ。医師、医学博士、作家。
東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教を経て、2022年より軽井沢町国民健康保険軽井沢病院院長。信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020,2022,2024 芸術監督)を併任。2024年より、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科 特任教授。武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授。2011年の東日本大震災をきっかけに、医療の本質や予防学を広く伝えるための活動を始める。「治す」医療から「治る」医療を目指す「いのちを呼びさます場」として、湯治、芸術、音楽、物語、対話などが融合したウェルビーイングの場の研究と実践に関わる。

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